まーしーのロンドン大医学部→イギリス医師生活

University College London医学部を卒業後、イギリスで初期研修医として働いています。イギリスでの暮らしや医療現場での経験をお伝えします!(内容は個人の見解に基づくものであり、所属組織・その他団体と一切関係ありません)

イギリスの後期研修・Academic Clinical Fellowship

初期研修があと2か月弱で終わり、8月からは後期研修に進むことが決まりました。

私は、General Practice(総合診療)の後期研修を開始しますが、その中でもAcademic Clinical Fellowship(ACF)のポストをいただくことができました。

今回は、イギリスのGP後期研修とACF、それぞれの特徴と出願プロセスについて説明したいと思います。

 

↑ACFの一環である研究・講義で度々訪れることになるであろう大学のキャンパス

 

イギリスにおける後期研修のシステム

イギリスでの初期研修2年、もしくはそれと同等以上の経験があるとみなされた場合に、後期研修 (specialty/core training programme)に出願することができます。

各診療科ごとに全国規模で出願→書類審査→試験and/or面接、といった形で選考が進み、最終成績が上位の人から希望する地域の病院・プログラムを選ぶことが出来ます。

後期研修の長さは科によって異なり、

等となっており、また内科系・外科系の多くの場合はCore Trainingと言われる一般内科・外科研修(2-3年)、その後より細かい専門研修(5-6年)を終えてやっと専門医資格を取得できます。

イギリスへの移住を目指す海外医学部卒医師が増えたことや、イギリス国内で医学部が増設されたことからどの診療科も出願者数が増え、年々後期研修の競争倍率が高くなっていることが大きな問題となっています。2019年には1.4倍だった内科のCore trainingの倍率が、今年は約5倍とも言われているほどです。

medical.hee.nhs.uk

 

GP Trainingへの出願方法

他の科に比べて非常に簡潔で、

  1. Orielという出願ポータルから個人情報、職歴、学位など必要事項を入力し、
  2. Multi Specialty Recruitment Assessment (MSRA)を受験します。

このMSRAは様々な科の選考で用いられている統一試験で、臨床知識を問う問題と、状況判断能力やコミュニケーション能力を問うSituational Judgement Testが半分ずつという構成になっています。

GP後期研修では、この点数が高い応募者から順に好きな地域・病院のプログラムを選べます。

私もこの試験を今年2月末に受験したのですが、GP後期研修応募者の中で上位3%程の成績を修めることができ、少し自信に繋がりました。

 

Academic Clinical Fellowship(ACF)とは

ACFは、上記の後期研修と並行して大学での研究を行うプログラムです。(2025年の募集要項はこちら)

研究時間が研修に組み込まれるほか、大学教授陣からのメンターシップ、NIHRもしくは大学からの補助金、必要に応じて修士レベルのリサーチコースの受講などの恩恵を受けることが出来ます。

具体的な研究テーマ・プロジェクトは、基本的に各フェローの興味と各大学の方向性によりますが、NHS全体として強化したいトピック(慢性疾患、デジタル、精神疾患予防医学と公衆衛生など)に紐づいているポストもあります。

後期研修のどのタイミングでもACFに応募できるのですが、私のように後期研修を開始するタイミングで応募する場合、通常の後期研修とACF両方から合格をもらって初めてACFのポストが確定します。

 

ACFへの出願方法

大まかなタイムラインとしては、

  • 9月末:次年度の募集要項の公表
  • 10月末:出願書類の提出期限
  • 11月下旬~12月:面接招待の連絡
  • 12月~1月上旬:オンライン面接
  • 1月下旬:最終選考結果の通達

といったスケジュールでした。

最大3つのプログラムしか出願できないため、いくつかの大学のプログラム責任者とカジュアルなミーティングを行ってプログラムの詳細を比較しました。

出願書類には、

  • ポスター・口頭発表(地域、全国、国際レベルそれぞれ)
  • Peer review journalに掲載された論文
  • 医学内外の教育経験
  • 医療監査の経験
  • 医学分野以外での業績
  • リーダーシップ、チームワーク
  • この診療科を選んだ理由と、関連するこれまでの活動
  • このACFを選んだ理由と、今後のキャリアビジョン

それぞれについてまとめる必要があり、合計4000ワード以上になりました。

ちょうど小児科の夜勤や土日勤務が多かった時期で、隙間時間をほぼ全て出願準備に充てていたのも良い思い出です。

この甲斐あってか出願した全てのプログラムから面接に呼んでいただけました。面接の段階でどのプログラムも倍率が4-5倍程度でした。

どの面接も、出願書類に記載した内容に近い質問が多かったです。また、最初に論文の要約とグラフが与えられ、その場で分析するタスクがありました。

限られた時間で論理だてて話せるよう、各設問でアピールしたいポイントを簡潔に話せるようまとめたり、現ACFに面接練習をお願いしたりしました。

 

まとめ

普段の初期研修に加えて、日本の国家試験とイギリスの後期研修の出願の両立は大変でしたが、書類準備・面接練習・試験対策などに充てた努力が報われ、とても運が良かったと思います。

残りの初期研修、そして8月からのGP ACFも頑張ります!

 

医師国家試験対策を通して感じた日英医学部の学習範囲の違い

日本の医師国家試験に向けて対策する中で、私が2017年~2023年に在籍していたイギリス・UCL(University College London)医学部で学んだ内容・筆記試験の出題傾向との相違点にいくつか気づき興味深かったので、まとめることにしました。

あくまで、私の医学部時代の学習範囲と、日本の医師国家試験対策で今回使用した動画講座(私はQassistを選びました)・過去問・模試で触れられていた内容の対比ですので、日英の医学教育全体を一般化するものではありませんが、医学部卒業レベルにおける全体的な学習内容の傾向は掴めたと感じています。

 

↑イギリスでは数少ない3連休を使って、南西部のSouth Devonへ行ってきました。Paigntonからお目当ての蒸気機関車で海辺を走り、のどかなDartsmouthやTotnesを散策しました!

 

イギリスの医学部で深堀したトピック

避妊・性感染症

イギリスでは、様々な緊急避妊薬の適応条件や避妊具(ピル、インプラント、子宮内避妊具など)のメリット・デメリットに加えて、患者さんのライフスタイルに合わせた選び方も学びます。

また、産婦人科とは別にセクシュアルヘルスの実習・授業があり、様々な性感染症や(センシティブな話題だからこそ)カウンセリングの進め方も学びます。

私が日本の医師国家試験に向けて対策した範囲では、これらの内容はイギリスに比べてあまり深く問われない印象を受けました。

がんの早期徴候&専門医への紹介

イギリスでは、がんの徴候に気づいたら早期に専門医へ紹介するurgent suspected cancer referralというシステムがあります。

以前は2 week wait referral(=紹介から2週間以内に専門医の診察を受ける)と呼ばれていたのですが、最近では「1週間以内に診察の日取りを決める」という方針に代わっているようです。(参照:Your urgent cancer referral explained | Cancer Research UK

このシステムを介して総合診療医から専門医に紹介される患者さんのうち90%以上はがんではないそうですが、がんの早期発見を促すために、それぞれのがんについて年齢別の危ない徴候が定められています。

www.nice.org.uk

例えば、40歳以上で、「咳、倦怠感、息切れ、胸痛、体重減少、食欲低下」のうち、喫煙歴がない場合2つ以上、喫煙歴がある場合1つ以上あると、2週間以内に胸部X線を行い、がんが疑われる所見があった場合呼吸器内科に紹介します。

また、40歳以上で(他に理由のない)喀血があると、X線の結果を待たずに紹介されます。

NICE(英国国立医療技術評価機構)のガイドラインでそれぞれのがんに対して定められている重要徴候や年齢区分などが、医学部の試験でも頻出のトピックとなっています。

精神・小児関連の法律

イギリスでは実臨床で直面しうるシチュエーションにそった法律を多く扱いました。

例えば、

  • The Mental Capacity Act:患者が与えられた情報を「①理解」し、「②保持」し、「③比較」したうえで、自らの意思を何らかの方法で「④伝達」できるかを基準に、同意能力の有無を判断する
  • The Mental Health Act:一定の条件下で精神疾患のある患者さんを評価(section 2)・治療(section 3)のために一定期間病院に入院させる
  • The Children Act:緊急時に親権者の同意なしでも小児患者の「best interest(最善の利益)」に基づいて治療ができる
  • Gillick Competence:治療内容、目的、有効性、副作用・危険性、医療行為を行わない場合に陥りうる事態などを理解できると医療者が判断すれば、16歳以下でも治療に同意できる
  • Fraser Guideline:Gillick Competenceを満たした16歳以下の患者に対して、一定の条件下で、親権者の同意なしに避妊・中絶・性感染症の治療ができる

などについて実際の事例を基にしながら学びました。

 

日本の医師国家試験対策で学び直したトピック

公衆衛生・疫学

日本の医師国家試験の「公衆衛生」の科目では、保険制度から高齢者・地域・母子・精神・成人・学校・産業・環境・食品・国際保健等まで多岐にわたる項目を勉強しました。

イギリスの医学部時代には、イギリスの医療を担っている国民保健サービス(NHS)の大まかな構成は学びましたが、それぞれの機関の役割の詳細や関連する法律について学ぶ機会はあまりありませんでした。

また、統計に基づくcommon diseaseの変遷や疫学の計算も、日本の方がずっと詳しく扱いました。

もともと公衆衛生に関心があるので、臨床とは別の視点を得られる面白い科目でしたし、イギリスの医学部中にもっと勉強したかったと思いました。

CT・MRIの解読

イギリスでは、基本的にはどんなCT・MRIを実施するにも、症状・徴候に基づいて「なぜ画像検査が妥当なのか」を明確に上級医や放射線科医の先生に説明することが求められます。

また、自分でこれらの画像を確認しても、詳細な解読・確定診断は放射線科医の先生のレポートに基づきます。

(ただし、脳梗塞疑いや外傷の場合は特別ルールが敷かれていることもあります。)

しかし、双方の国で臨床経験のある先生方のお話を伺ったり日本の病院を見学したりした際に、日本ではこれらの検査へのアクセスが比較的容易であることから念のため行うことも多く、実施しないと判断した場合に「なぜ必要ないのか」を問われることもあると知りました。

それを反映してか、日本の問題ではCT・MRIの画像読影が必要となる問題が多く、難易度もずっと高いと感じました。

眼科・皮膚科

全体的にこの二科目は日本の方が勉強量が多いと感じました。

その中でも、眼科では視野図・OCT・網膜電図といった検査結果を解釈させる問題、皮膚科では画像や病理所見から診断名を答えさせる問題が多く驚きました。

中々馴染みのない漢字・表現を使った病名も多く、英語名から類推が難しいため一つ一つ暗記せざるを得ませんでした。

 

おまけ:日本ならではと感じたトピック

昆布の食べ過ぎで甲状腺異常

海藻を日常的に食べる文化がないイギリスではまず医学部レベルで問われることがないであろう知識です。「親戚が大量に昆布を送ってきて毎日食べている」という文言からヨード過剰摂取による甲状腺機能低下を答えさせる過去問があり、日本ならではの食習慣が反映された問題と思いました。

神経学的検査で「お箸が使える」か

脊髄損傷や神経根(脊髄から神経が分岐するところ)の障害による神経系のアセスメントで、C8レベルが影響を受けた場合に難しくなる動作として「お箸の使用」が挙げられており、確かにと思いました。

「手先を使う細かい作業が難しい」等とざっくり覚えるより、このように具体的な動作を結び付けた方が記憶に残りやすいですね!

 

まとめ

イギリスの医学部を卒業した後に日本の医師国家試験に向けて勉強する中で、大学卒業時点の筆記試験で問われる範囲・トピックの違いに気づいただけでなく、今まで英語で学んできた医学知識を母国語を系統的に学び直すことでより理解が深まった気がします。

全体を通して、イギリスではcommon diseaseの評価・治療を重点的に深く学ぶのに対して、日本ではより多くの疾患とその治療方針を幅広く扱う印象を受けました。

もちろん医学教育において座学だけでなく実習も大きなウェイトを占めるので、その違いも気になります!

イギリス医学部卒が日本の医師免許を取得するまで ③医師国家試験

1つ前の記事で扱った日本語診療能力調査の結果が届いた時点で、2月の医師国家試験が約3か月後に迫っていました。

今回は、海外医学部卒の医師国家試験合格状況、そして私自身の対策方法をまとめたいと思います。

時差や仕事の関係で中々グループセッションにオンライン参加できないこともあり、塾や予備校にはお世話にならず自力で対策しました。

 

↑最近イギリスでは20℃後半で日差しが強くとっても暑いです…!現在働いている精神科の病棟でアイスが配られ、私たちもおこぼれにあずかりました。

 

海外医学部卒の医師国家試験合格率

医師国家試験の基本的な合格基準ですが、

  1. 必修問題で8割以上の得点を取り、
  2. 一般臨床問題で受験者中上位90%程に入り、
  3. 禁忌選択肢(実際の臨床でかなり危ないとされる選択肢)を2-3個以下に抑える、

と3つの条件全てを満たす必要があります。

公開されているデータによると、2025年2月実施第119回医師国家試験の合格率は全体で92.4%となっています。

しかし、海外医学部卒が日本語診療能力調査を経て受験資格を得る「認定」の区分に限ると出願が291人、受験者が286人、合格者が149人と、合格率は52.1%にとどまっています。

厚労省の書類審査により(日本語診療能力調査ではなく)日本での予備試験合格と実地修練を課せられた「予備試験」区分では、受験者は33人と少ないものの、合格率は69.7%となっています。

個人的な見解ですが、これは(相当な勉強量が必要で合格が難しいとされている)予備試験に合格しその上で日本で臨床実習を経験した方々は、日本語診療能力調査経由のグループに比べて長期間に亘る問題演習の積み重ねと日本の医療現場の肌感覚があるからかと思います。

 

私の対策方針

私は「認定」区分で受験したので、一人で勉強する環境でこの低い合格率をくぐり抜けるために以下を意識しました。

 

日本の医学部6年生の母集団に照準を合わせる

日本の新卒(6年生)だけを見れば合格率95%の試験です。

日本の難関な医学部入試を突破した学生が相当量勉強する試験なので、決して簡単とは言えませんが、日本の医学生が使っているビデオ講座や模試を友人から教えてもらい、「日本の受験者の母集団において正答率の高い問題を落とさない」よう意識しました。

具体的には、以下の3つを利用しました。

  • Qassistの動画授業:特に(年末~年始に公開される)直前総まとめ講座は各科目が簡潔にまとまっているうえ、最新の出題基準に基づいた傾向などにも触れていたので効率的でした。
  • エスチョンバンク(過去問):日本で医師として働いている複数の友人から「過去問3-5年分をやり込むのが良い」と聞いていたので、過去問5年分はそれぞれ2回ずつ時間を計りながら演習し、外れ選択肢を含め説明できるまで復習しました。また、「1周目問題」と呼ばれる各科目の主要な問題群は一通りすべて理解して解けるようにしました。
  • 冬のMEC模試:過去問の類似問題が多い印象でしたが、受験者全体における自分の立ち位置を把握できたのは良かったです。他の模試の受験も検討しましたが、限られた時間の中で上記2つを優先したかったのでやめました。

 

イギリスで勉強していないor知識が薄れている科目をまず優先

まとまった対策期間がある日本の医学部生や、日本に帰国して予備校で勉強していた他の海外医学部卒に比べて、フルタイムでイギリスで働いている私には圧倒的に時間が足りませんでした。

11月までは小児科、12月以降は救急とどちらも時間外勤務や不規則なシフトが多い科で働いていた時期で、またイギリスの後期研修の出願・面接・試験も重なっていたため、時間管理が大変でした。

そのため、最初からビデオ講座を順番に受講するより、まずは、

  • 日本の医療に関連する法律、疫学、医療システムについて学ぶ「公衆衛生」の科目
  • 医学部5年次で勉強したあとあまり触れてこなかった産婦人科や眼科などの診療科

のビデオを優先的に視聴し問題演習をおこないました。

逆に、救急、精神科、呼吸器内科などは、ある程度これまでの勉強で対応できたので、テキストを読んだり問題を解いたりして日本語の用語・表現を学びました。

 

受験当日~結果発表

試験会場では各大学の学生・卒業生が受験生を鼓舞しに来ていたので少しアウェイにも感じましたが、救急の長時間シフトで鍛えられていたおかげか、集中力を切らさず2日間の日程を終えることができました。

日本の中学・高校・大学受験を経験してこなかった私にとっては、このような大規模な試験の受験自体が新鮮な体験でした。

受験後に回答を入力すると予想点数を算出してくれるサービスがいくつもあり、おおよその得点・合否が予想できたので精神的に助かりました。

約1か月後の結果発表の時間はイギリスでの夜勤中で、休憩時間にスマホを確認すると家族からお祝いのメッセージが届いていて嬉しかったです!

結局映像授業もクエスチョンバンクも全てやりきることはできませんでしたが、本番の試験では平均点くらい得点できていました。

 

最後に

医師国家試験については既にネット上に沢山情報がありますが、一体験談として、少し特殊な環境から受験対策を行っている方の参考になると嬉しいです!

次回は、国家試験に向けて勉強していて気付いた日英の医学部での学習内容の違いを紹介したいと思います。

 

イギリス医学部卒が日本の医師免許を取得するまで ②日本語診療能力調査

前回の記事で、厚労省で書類が受理され次のステップである日本語診療能力調査に進めたとお伝えしました。

この日本語診療能力調査に合格できれば、日本の医学部6年生・既卒生と一緒に翌年2月の国家試験を受験する資格が与えられます。

 

↑先日少し散歩しながら精神科の病院まで通勤した間に、藤の花が綺麗なお家を偶然見つけました。

 

 

試験内容

厚労省のウェブサイトにあるように、日本語診療能力調査は「日本語を用いて診察するために十分な能力を有しているか否かを調査」する試験です。

日本の医学部で学んだ学生と同等の、問診・身体診察・マネジメントプランの策定・カルテ作成ができるかが見られています。

問診のケースが2つ、身体診察のケースが1つの計3ケースにおいて「聴く」「話す」「書く」「読み取る」「診察する」の5項目がそれぞれ0-3点の4段階で採点され、その合計点が満点の6割以上であること、そして0点(誤解を生じる危険がある)の項目がないことが合格の条件となります。

 

試験日程の発表と有給休暇

てっきり書類審査の結果と同時に日程が知らされると思っていたのですが、5月に受け取った書類審査通過の通知書には、「日本語診療能力調査の日時は8月ごろ発表する」と書いてありました。

海外でフルタイムで働く合間に帰国し受験すること、時間外勤務が多い小児科で働いている時期でギリギリではシフト調整が間に合わないことなどを厚労省の担当の方に説明して直談判しましたが、試験の候補日を伝えることも、試験日程が発表になってから他の受験者と日時を交換することも出来ないと言われてしまいました。

(今まで海外から一時帰国して受験している方も皆さんどうにか予定を調整しているようです…。)

 

例年の試験日程からヤマを張って飛行機を予約し有休を申請したものの、8月半ばに知らされた試験日程は9月頭と、私の予想から外れていました。

急いで小児科のコンサルタント(指導医・専門医)の先生に事情を説明し、同僚にも時間外業務を交代してもらい、なんとか試験2日前の夜に日本に帰国することが出来ました。

この時柔軟に対応していただいた小児科のチームには本当に感謝しきれません。

 

試験対策

取り敢えず自己流で身体所見や正式病名を漢字で書く練習を始めましたが、この試験に関する情報があまり出ておらず漠然とした不安がありました。

予備校

去年この試験を受験された海外医学部卒の先生に相談したところ、某医師国家試験予備校の海外医学部卒コースをおすすめされ、過去の試験内容や試験形態に関する情報が豊富そうだったので私もお世話になることにしました。

ただ、海外医学部卒コースは、夏に海外の医学部を卒業し日本に帰国した学生を主に対象とした通学コースで、私のイギリスでの勤務時間や時差を考慮するとどうしても時間が合わなかったので、日本語診療能力試験の対策が出来る先生にオンラインで個別指導をお願いする形になりました。

計5回受講して、指定時間以内に日本語でカルテを書く練習を重点的にしていただきました。

イギリスのカルテでは身体診察の所見などは文字というより記号で書くことも多いのですが、特にこの日本語診療能力試験ではすべて漢字で正式名称で書かなければいけなく、思ったより時間がかかってしまうと気づきました。

色々なケースをこなしながら、問診や診察から必要事項をカルテに端的にまとめる練習を重ねられたのが良かったです。

参考書

身体診察の順序について日本とイギリスで違いもあったので、「診察ができるvol.1」という本で日本式のやり方や、頻出の所見の用語を学びました。

例えば、イギリスでは腹部診察において、触診や打診の後に聴診を行いますが、日本ではまず聴診を行います。

また、続編の「診察ができる vol.2」という本を使いながら、主要な症状から重要な鑑別疾患、またその鑑別に有用な身体診察や検査を日本語で素早く挙げて漢字で書く練習をしました。

短時間の試験では、英語で思いついた用語の日本語訳をいちいち考えているとカルテを書き終えることが出来ないので、スピード重視で反復練習しました。

 

実際の試験

合計6時間近くかかりましたが、実際の試験は10分強×3つで、それ以外はずっと待ち時間です。

試験前はグループごとに小さい部屋に案内され、番号順に座って待つのですが、持ち込めるのは聴診器とペットボトルのみで、もちろん会話は厳禁です。

立ち上がれるのも挙手制でお手洗いに行くときだけなので、実際自分の試験の順番が回ってきた時、いかに頭を切り替えられるかが大切だと思います。

  • 4.5分で問診、1.5分で身体所見の情報収集(診察した指導医に聞くという設定)、5分でカルテ記入、というケースが2つと、
  • 6分で身体診察、4分でカルテ記入というケースが1つあります。

詳しい試験内容はここでは控えますが、尿路感染症のケースで、「お小水が…」と患者役の方が話しはじめ、「こういう教科書に出てこないような、医療用語でない表現が分かるかも見ているんだな」と思った記憶があります。

ちなみに、イギリスでも、問診の際はUrine(=尿)と言わずに、peeやweeと言いますし、尿路症状についてざっくり聞く際に「How are your waterworks?」と婉曲表現を使います。

特に高齢の患者さんは、「お手洗いに行く」をto spend a penny (直訳:1ペンスを使う)とも言います。日本語で「お花摘みに行く」のと婉曲表現としては似ていますね!

 

まとめ

試験日程が思ったより早かったのもあり、結局合計の対策期間は1か月強、そのうち個別指導を受講したのが2週間ほどとかなり詰め込んでしまいましたが、患者役への共感の言葉も交えながらハキハキ喋ることを心掛けて、落ち着いて受験できました。

合否は10月末に届きました。採点表も同封されていたのですが、初めて日本語の医療用語を用いて受験した試験の結果が想像より良く嬉しかったです!

 

イギリス医学部卒が日本の医師免許を取得するまで ①書類提出

知り合いの海外医学部の日本人学生の中にも、卒後日本の医師免許取得を目指している人が多くいるので、私の道のりについて書き記しておきたいと思います。

 

まず前提として、私は、

  • 2023年夏 イギリスの医学部を卒業した後、
  • 2024年1月 厚労省で書類を提出し、
  • 2024年9月 日本語診療能力試験を受験し、
  • 2025年2月 医師国家試験を受験しました。

もちろん必要書類や準備はケースバイケースと思いますし、あくまで私が受験した時の情報ですので、詳細は各自確認してください!

厚労省への問い合わせは基本電話で行いましたが、その際に担当の方のメールアドレスも教えていただき、何度かメールでやり取りもしました。

 

必要書類提出まで

年に2回、3月末と7月末に提出期限があるのですが、私はもし3月末に不受理となってしまっても、やり直して7月までに再提出できるよう、余裕を持って1月に提出しました。

初期研修を開始してすぐ必要書類を集めきれる自信がなかったので年明け以降にしたく、また当時のシフトから有休を取りやすい時期を選びました。

有休の申請や飛行機の予約と同時に厚労省でのアポイントメントを取りたかったので、4-5か月前に「この週に提出に伺いたい」との旨をお伝えし、2か月ほど前に提出日時が決まりました。

対面で提出する前に、PDFで担当の方に事前にすべての書類を送っていました。

 

以下、提出した書類の詳細です。

早めの準備が必要なもの

日本語能力試験N1(日本語を母語としない人を対象とした日本語試験の1級)

私は日本の高校を卒業していないため受験する必要がありました。

年に2回しか開催されないうえ、合格証書の郵送にも時間がかかるので、早めの受験が安心です。

当時はコロナ禍が明けて間もなかったため開催規模が縮小されており、結局ロンドンからパリまで受けに行きました。

試験自体は日本語が母語であればとても簡単なのですが(逆に日本語を勉強する人がつまづきやすい点・間違いやすい点の傾向が見えて面白い)、試験前後のアナウンス、試験問題表紙の説明書きがすべてフランス語だったので、そちらの方が緊張しました。笑

↑12月のパリはクリスマスのイルミネーション・飾りで溢れていました

 

自分で記入すれば済むもの

  • 医師国家試験受験資格認定願
  • 履歴書

自分で印刷して記入すれば良いので簡単です。

 

日本語訳、アポスティーユが必要なもの

これらが一番お金と時間がかかりました...。

アポスティーユとは、ハーグ条約締結国間における公文書の簡易的な認証手続きで、今回はイギリスの書類諸々が正式だと証明してもらうために利用しました。私が住んでいる街できちんとライセンス登録をされている公証人の方を探してお願いしました。

日本語訳については、結局自力ですべて行いました。その後、「この翻訳が正しい」と宣誓する旨の日本語の書類を作り、霞が関公証役場で公証人の方の目の前でその宣誓書に署名し、すべての提出書類と一緒にまとめて体裁を整えてもらいました。

外国で取得した医師免許証の写し

医師登録自体は8月の初期研修開始前に済んでいたのですが、実際にGMC(医師の登録機関)から免許証が届いたのは10月頃でした。

結局公証人の方は、インターネットの医籍登録ページから、私の氏名・登録年月日・現在の登録状況などを確認し、そのページを印刷したものをアポスティーユに使用していました。

卒業した医学部の卒業証書の写し(または卒業証明書)

これも大学から9月頃郵送で届きました。

公証人の方は独自のシステムを介してイギリスの大学での専攻・卒業年月日について照会できるようで、そのシステムから届いた証明書も一緒にアポスティーユを取りました。

卒業した医学部の教科課程と時間数に関する書類

基本的にイギリスの大学では、履修科目は単位数で表示され、履修時間数は明記されない場合が多いです。

3年次以外は医学科の授業・実習だったので医学部の担当者にメールをし、時間数を含んだ書類を作成してもらい、大学の正式なハンコを押してもらったうえで郵送してもらいました。

3年次はintercalationで免疫・ウイルス学の勉強をしていたので、その部署にも連絡をして同様に書類を作成して郵送してもらいました。

大学の担当者によっては何度も催促・確認が必要なので、根気が必要です。

現在勤務している病院に関する書類

初期研修医の事務担当の方に連絡を取り、私が初期研修医として働いている事実、研修する科の詳細と期間、研修終了予定時期について書類を作成してもらいました。

最初はただPDFでいただいたのですが、その方と初期研修医プログラム統括の医師の先生の直筆のサインが入った原本をもらえるよう交渉しました。

 

一時帰国してから日本で準備したもの

  • 医師の診断書:申請1か月以内に日本の医師免許を持っている先生に記入していただく必要があります。(ちなみに国試合格後、同じようなものを医籍登録のために再度提出します)
  • 写真:6x4cmは全ての証明写真機で撮れるわけではないので注意です!
  • 住民票、戸籍抄本など

 

提出必須ではないが提出したもの

Provisional registrationについての補足

私は当時イギリス卒後1年目で provisional registration (暫定登録)という身分でした。

イギリスでは医学部卒業と同時にprovisional registrationとして医師登録がされ、卒後1年間ちゃんと働き終えると、full registrationという完全な医師免許に切り替わります。

厚労省のウェブサイトには、医師国家試験受験資格認定の一項目として「医学校卒業後、当該国の医師免許取得」というのがあるのですが、イギリスのprovisional registrationでも良いのか、それともfull registrationに切り替わらないと認められないのかよく分かりませんでした。

電話で問い合わせた際も明確にYesともNoとも言われなかったので、「provisional registrationの医師が出来ないことは非常に限られている。日本の初期研修と同等のことは一通り出来る」といった趣旨が伝わるような追加書類を作成しました。

具体的には、イギリスの医師法やGMCの公式書類から該当部分を探して、日本語訳を付けました。

Intercalationについての補足

以前このブログでも紹介したと思いますが、イギリスの医学部では、Intercalationといって医学部の途中で1年間研究・授業を通して別の理学士号を取得するシステムがあります。

私の大学はこれを含めて6年間の課程としていたため、私の大学のウェブページ、そしてイギリスの医学部を統括している機関のウェブページからこのシステムの説明をしている箇所を切り取り、日本語訳を付けて提出しました。

 

まとめ

以上、長くなってしまいましたが、色々と手こずりながらも書類提出に漕ぎつけたのが伝わったかと思います。笑

1月に提出し受理していただけたものの、結局3月末の締め切りを過ぎてから審査が行われ、日本語診療能力試験に進めるとの審査結果を受け取ったのは5月半ばでした。

もしここでやり直しと言われてしまっていたら、7月までに書類を準備しなおして再度一時帰国するのはかなり厳しいと思っていたので、ひとまず次のステップに進めて安心しました。

日本の医師国家試験と今後の進路について

初期研修も2年目後半に入り、2年目の同期ともお互いの進路について話し合う時期になりました。

もう少しで救急が終わり、最後の研修先である精神科が始まります。

イギリスの初期研修では、2年間で周る6つの診療科のうち1つが、通常研修をする病院から離れた'community placement'となります。

地域のクリニックでの総合診療、ホスピスでの緩和医療地方自治体での公衆衛生、などもありますが、私は精神科病院での研修となりました。

2年目になってからの8か月、これまで働いた小児科・救急ともに時間外や土日の勤務が多く、特に天候の悪い冬が重なったこともあり体内リズムが乱れ続けていたので、少しはオンコール業務が減ることが嬉しいです!

 

日本の国家試験

イギリスでの初期研修中に日本の医師国家試験に合格することを一つの目標としていたのですが、無事達成できました。

国家試験に辿りつくまでが海外医学部卒は大変で、私の場合、

  • 2022年12月 日本語能力試験N1
  • (2023年7月 医学部卒業)
  • 2024年1月 厚労省での書類提出
  • 2024年9月 日本語診療能力試験
  • 2025年2月 医師国家試験

といった流れでした。

厚労省のウェブサイトにあまり詳しい情報がなかったため、早起きして厚労省に電話したり、そこで教えていただいたメールアドレスにメールしたりして、提出書類を準備しました。

ふともう一度ウェブサイトを確認しなおしたら、とっても分かりやすくなっていて驚いています…!

www.mhlw.go.jp

また、同じように海外の医学部を卒業して日本の免許を取得された先生方にも連絡を差し上げて、色々質問させていただきました。(改めて、ありがとうございました!)

書類準備しても試験対策にしても、どの国の医学部を卒業したか・どんな教育を受けたかによって、必要なことは異なると思うのですが、私の体験談について残していこうと思います。

 

初期研修後の進路

イギリスでも日本と同じように、2年間の初期研修を終えると後期研修に進むことができます。

ただ、日本と大きく違うのは、

  • 後期研修が(科によるが)3~8年かかること
  • 全国一律のCV評価・試験・面接等を通して順位が付き、上から希望の研修先を選べること
  • 後期研修の倍率がどの科も近年二次関数的に上がっていること

と言えると思います。

特に3点目は、数年前まで1.5倍ほどの倍率だった科も今年は5倍ほどに跳ね上がっており、初期研修後職が見つからない医師が増え近年問題になっています。

そんな中、私は運の良いことにGP(総合診療)のAcademic Clinical Fellowshipのオファーをいただくことが出来ました。

通常のGPの後期研修は、病院での内科・小児科・産婦人科・救急などの研修と、地域クリニックでの研修を織り交ぜた3年間となります。

このAcademic Clinical Fellowship では、これに加えて計1年間、研修中と同等のお給料をいただきながら大学に所属して、プライマリケア関連の研究を行います。(正確には、3年目と4年目に臨床と研究を半分ずつ行う計4年間のプログラムとなります。)

また、大学で修士相当の研究スキルのコースを受講出来たり、学会参加等に際してNIHRや大学から助成金をいただけたりすることも大きなメリットです。

  • 9月 募集要項発表
  • 10月 各大学の担当者への問い合わせ、出願書類準備
  • 11月 (書類審査を通過した場合)面接の連絡
  • 12~1月 面接
  • 2月 試験

と、日本の試験と時期が重なってしまっていたのですが、こちらも良い結果に結びついて安堵しています。

 

全ての試験が終わった3月は、久しぶりの一人旅でスペインのアンダルシア地方へ行ってきました。

毎日美味しいタパスとワインに満たされながら、行きたかった観光地を周れてリフレッシュできました!

 

ご無沙汰しています…!近況報告

ケープタウンでの実習から早1年弱、完全に更新が滞ってしまっていたのですが、イギリスでの医学部の様子や医師の働き方の情報を探してこのブログに辿りつく方もいらっしゃると(人づてだったり直接だったり)聞くので、久しぶりに更新することにしました。

 

①医学部卒業

もう10か月も前のことになりますが、昨年7月にUniversity College London iBSc Medicineを卒業しました!

卒業に伴い、大学在籍中ずっと奨学金をいただいていた江副記念リクルート財団のホームページに卒業レポートを掲載していただきました。

写真も取り入れながらロンドンでの大学生活を振り返ったので、読んでいただけると嬉しいです。

www.recruit-foundation.org

このまとめのレポートを書くにあたり、財団への活動報告として毎月書いていたレポート(計約88000字...!)を読み返したところ、当時の様々な記憶が蘇って懐かしい気持ちになり、6年の月日を実感し、やっと卒業の実感が湧きました。

 

②初期研修

現在はイングランドのとある病院で初期研修医として働いています。

イギリスの初期研修は2年間で6つの科をそれぞれ4か月ずつ回るのですが、私は、

  • 1年目:消化器外科、内分泌代謝内科、老年内科(現在)
  • 2年目:小児科、救急外来、精神科

を回るプログラムにマッチしました。

イギリスの初期研修の仕組みや必要な試験等についてはまだブログでお話ししていなかったかと思うのでプロセスは割愛しますが、私は、

  • 6年もロンドンにいたので違う所に住んでみたいが、ロンドンに日帰りで帰ってこれる距離
  • (医学部在学中は小児科が一番楽しかったので)責任がより出てくる、かつ3年目以降のアプリケーションが始まる前、つまり初期研修2年目第1ブロックに小児科を回れるプログラム

という観点から病院・プログラムの順位付けを行いました。

この辺りには初期研修が始まるまで来たことがなかったのですが、天候が許せばお散歩が楽しめるのどかな地域で、病院にも温かい方が多く、NHSの中ではなかなか働きやすい方なのではないかと思います。(紙のカルテ、使いづらく作動が遅いアプリケーションなどハード面は課題が多いですが…笑)

コンサルタント(病棟で一番上の専門医・指導医の先生)が接しやすい方が多く、そのおかげで病棟チームの雰囲気も良いので、分からない・出来ないところは先輩の先生を頼りながら私なりに日々頑張っています。

大学卒業したての新米医師としては、やはり直属の先輩医師との関係性や、看護師さんや理学療法士作業療法士さんといった他職種とのチームワークが勤務中の心理的安全性に直結するので、打ち解けやすい方が多い今の環境は恵まれていますね!

 

③日本の医師免許

イギリスで初期研修を終え、その後も数年イギリスに残ることを現時点では検討していますが、その間に日本の医師免許も取得できればと思っています。

オンコールや夜勤のシフトで生活が不規則ななか勉強時間を確保することと、イギリスでのキャリア形成と両立して準備を進めることが喫緊の課題ですが、出来る限り頑張ります!

 

最後に:

嬉しいことに、最近イギリスでの臨床に興味のある医学生・医師の方々に対面でお会いする機会が立て続けにあり、びっくりしています。

課題が山積しているイギリスの医療ですが、良いことも悪いことも、今後は初期研修医の視点から(!)お伝えできればと思います。